茨城の小田城

  • 2026年3月1日
  • 2026年2月26日
  • 城跡
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以前は最弱の武将とも言われていた小田氏の居城跡へ。最弱と言えば小山氏もなんだかその冠が就いていたような・・・・。さておき、土浦駅からバスで移動して現地へ

なかなかきれいな所。そして山城ではなく平城。小田城跡歴史ひろば案内所には八田知家役を演じた市原さんのサインが。来訪されたようで。なかなか面白い演技だったなあと。

案内所から城跡へ向かうのだが、一本道。直線(でも城の周りは大きく迂回)。これは実はサイクリングロードで、元は筑波鉄道筑波線の線路があった場所。ということは城を突っ切っていたようです。土塁の中をくぐれるが、ここは公衆トイレ。そこに案内板もある。

ちょっと入ってみるとこんな広場(左写真)。でも大手口は個々ではないので、いったん外に出てぐるっと堀らしきところを回る。あまり攻めにくくはなさそう、というより防御としてどうなのだろうかと。まあ遺構というより復元された状態なので、何とも言えないが。大手門に行く途中に北虎口

大手門が見えてきた。大手門のところは曲輪にもなっている。

その曲輪。土塁からの眺め。

そして土塁から曲輪。さてさて大手門より登城。東虎口跡の案内

振り向いて大手門を中から。そして大きな案内板が出迎えてくれる。左手には水辺が

どうも暗渠址のようである。その手前には休憩所になっている建物。四阿屋の復元。

近くに井戸跡?東池

その奥に小高い土塁。涼台。そこから見た東池

降りて南西虎口方面へ。西池があったとのこと

西池のところから南西虎口へ。

おお、南西虎口の向こうにも立派な馬出が。手前にはサイクリングロード。迂回させているので線路ではなかったところではあるが、さすがに城跡となったところを突っ切ってサイクリングロードとすることはできないか。

さらに奥にも。どこまでが城跡なのか境界線がちょっとわからないが・・・まあ看板があるから入っても良いのだろう

さて中心に戻る。建物域。そして初めに通りすぎた北虎口を中から

北堀方面の土塁から中の様子。ここの土塁は結構高い。そしてそこから見る筑波山

大手門をみて案内書の方へ戻ろう。

さて、案内所に戻る道には、そうそう、勉強した神皇正統記がここで書かれていたのかということを思い出し、その碑を写真に収めないとと。いやあ、当時、北畠親房は歩きで良くここまで来たものだ(京都から)。

移築された門を少し見て、バスで今度はつくば駅へ。そこから下館経由で戻ることに。小田城はなかなかきれいな場所。1月の平日ということもありほとんど人影が無かったが、広々とした空間で気持ちよかった。ちなみにサイクリングロードは結構行きかう人がいた。